明日、目が覚めなくても後悔しない生き方をしていますか?余命半年を宣告された、二人の70代男性

先日、クライアントさんとのセッションで、とても考えさせられるお話を伺いました。

昨年の夏、お父様とお舅様が、ほぼ同じ時期に末期がんと診断され、余命半年を宣告されたそうです。

お二人とも70代前半。
今の時代を考えれば、まだまだ若い年齢です。

しかも、お二人はまったく異なる選択をされました。

お父様は、一人暮らしをされていましたが、治療は一切受けないことを決断。
娘さんの近くにアパートを借り、残された時間を穏やかに過ごす道を選ばれました。

一方のお舅様は、「まだ生きたい」という強い思いを持ち、治療はもちろん、体に良いと言われるものを積極的に取り入れながら、病と向き合ってこられたそうです。

同じ病気、同じような年齢。
けれど、その向き合い方はまったく違っていました。


人生の最期に何を選ぶのか

残念ながら、お父様は今年の1月に旅立たれました。

最後まで好きなものを食べ、周囲との時間を楽しみ、大きな苦痛に苦しむことなく、眠るように息を引き取られたそうです。

もちろん、本当の痛みや苦しみはご本人にしか分かりません。
それでも、ご家族から見れば、とても穏やかな最期だったとのことでした。

一方、お舅様は生きるためにあらゆる努力を続けてこられました。

しかし、ここにきて状況は厳しくなり、痛み止めも効かず、座ることすら困難な状態に。
寝たきりとなり、食事も思うように楽しめなくなってしまったそうです。

どちらが正解だったのか。
そんなことは誰にも分かりません。

人生に正解がないように、人生の終わり方にも正解はないのでしょう。


あなたなら、どちらを選びますか?

もし自分が同じ立場になったら、もし余命半年を告げられたら、あなたはどちらの生き方を選びますか?

最後まで可能性を信じて闘い続ける人生。

あるいは、残された時間を大切な人と穏やかに過ごす人生。

どちらにも、その人なりの価値があります。
そして、その答えは人によって違うはずです。

だからこそ元気な今のうちに、

「自分はどう生きたいのか」
「どんな最期を迎えたいのか」
を考えておくことは、とても大切なのだと思います。


「心残りのない人生だったね」と言われるために

終活というと、
遺言書を書くこと。
お墓を決めること。
片付けをすること。

そんなイメージを持つ方も多いかもしれません。
もちろん、それらも大切です。

でも本当の終活とは、
今をどう生きるかを考えること。

私はそう思っています。

亡くなったあとに、
「やりたいことをやり切った人生だったね」
「自分らしく生きた人生だったね」
「心残りのない人生だっただろうね」

そんなふうに言ってもらえたら、とても幸せではないでしょうか。

そのためには、いつか来る最期の日を意識しながら、今日という一日を丁寧に生きること。

それが何より大切なのかもしれません。


今日という日は二度と戻らない

私たちはつい、
「そのうちやろう」
「落ち着いたら始めよう」
「いつか伝えよう」
と思ってしまいます。

けれど、その「いつか」が必ず来る保証はありません。

だからこそ、
会いたい人には会う。
伝えたい言葉は伝える。
やりたいことは先延ばしにしない。

そんな生き方を心がけたいと思うのです。

今夜眠りにつくとき、
「今日も良い一日だった」
そう思えたなら、それはとても豊かな人生なのではないでしょうか。

さて、あなたはどうですか?

明日の朝、もし目が覚めなくても後悔のない一日を過ごせましたか?

人生の後悔